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仙台高等裁判所 昭和58年(う)96号 判決 1984年4月05日

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人渡邊良夫が提出した「控訴趣意書」および「控訴趣意並びに補充書」記載のとおりであり、これに対する答弁は、検察官荒木紀男が提出した答弁書記載のとおりであるから、これらを引用する。

本件控訴の趣意は、要するに、「原判決は、(罪となるべき事実)第一で有印公文書変造、同行使(土湯山林関係)、第二で有印公文書変造、同行使、詐欺(三の滝山林関係)、第三で詐欺(三の滝山林関係)の事実を認定し、懲役二年の実刑に処した。しかし第一の有印公文書の変造、同行使の日時についての原判示事実認定には誤りがあり、第二、第三での詐欺についての原判示事実認定には誤りがあり、また第二、第三で原判決が認定するように被告人と広和林業株式会社(以下広和林業という。)との取引が、仮りに売買契約であつたとしても、これに詐欺罪の法条を適用したのは法令解釈を誤つた違法があり、さらに原判決の量刑は不当である。」というものである。そこで、以下、右控訴の趣意について順次検討する。

原判示第一事実の事実誤認の主張について

所論は、原判決は(罪となるべき事実第一)において、被告人は、昭和五四年三月二日ころ古口営林署長高橋雄作の記名押印のある同営林署長と有限会社笹原製材所および奥羽木材工業株式会社との間の通称土湯山林の杉立木等の売買契約書および添付の内訳書に鉛筆で書き加え、同月三日ころ複写して、有印公文書を変造し、同月四日ころ広島和正にこれを交付した旨認定しているが、被告人は契約書および添付の内訳書をコピーにとり、そのコピーに書き加え、それをさらに複写して変造したものであり、その日時は昭和五四年五月ころであるから、原判決は事実を誤認している、というものである。

そこで、訴訟記録および原裁判所で取り調べた証拠を調査し、当審における事実取調べの結果を併せ検討すると、原判示第一事実は、原判決挙示の関係各証拠により、これを十分に認めることができ、所論にかんがみ、さらに、全証拠を精査しても、右事実認定に疑いを入れる余地はない。論旨は理由がない。

原判示第二および第三事実の事実誤認の主張について

所論は、要するに、「有限会社笹原製材所代表取締役である被告人は、かねて広和林業の代表取締役である広島和正に対し、土湯山林および三の滝山林の払下げ代金の融資を申し入れてその諒解を受け、その予定の金額を話して準備をしてもらつていたところ、現実の払下げ金額が意外にも安かつたため、すぐに返済ができるものであつたから、払下げ金額を融資申入れ金額と近いところと偽つて借り入れたものである。被告人には返済の意思も能力も十分にあり、広島に迷惑をかけることはなかつた。原判決は、被告人、笹原ヒデおよび笹原政寿の捜査官に対する各供述調書の任意性、信用性を肯定し、原審証人広島和正の証言や同人提出の書証を信用し得るものとして、原判示第二、第三事実を認定したものであるが、被告人、笹原ヒデおよび笹原政寿の捜査官に対する各供述調書は任意性、信用性がなく、原審証人広島和正の証言および同証言を裏付ける外観を示す同人提出の売上検収明細書(当庁昭和五八年押第四八号符号三一)、三の滝山林損益計算書の写(同号符号二六)、およびメモ(同号符号二五)等は信用するに足りず、被告人の原審公判における原判示第二、第三の約束手形および振込送金は三の滝山林払下げ立木の売買代金としてではなく、有限会社笹原製材所への資金援助すなわち貸金としてなされたものであるとの供述は信用性が高いから、原判決の原判示第二、第三事実の認定には事実の誤認がある。」というものである。

そこで訴訟記録および原裁判所で取り調べた証拠を調査し、当審における事実取調べの結果を併せ検討すると、原判示第二、第三事実は原判決挙示の関係各証拠により、これを十分に認定することができる。

当裁判所の所論に対する判断は、原判決が(弁護人らの主張及びこれに対する判断)の一および二の項において詳細に説明するところと同じであり、当審に至り弁護人が前記所論を支持する事実であるとして掲げるところに従い、さらに原裁判所で取り調べた証拠を精査し、当審における事実取調べの結果を併せ検討しても、原判示第二、第三事実の認定に疑いを差し挟む余地はない。所論に沿う被告人の当審公判における供述中、原判示第二、第三事実の犯行時における被告人の経済状態に関する部分は関係各証拠により認められる当時の被告人の経済状態、負債状態と矛盾する点が多く、右のように関係各証拠と矛盾する事実を反対尋問されると、被告人の先に供述したところと矛盾する供述をするなどしていることにかんがみると到底信用することができず、被告人の前記供述中被告人と広島和正との間では融資契約が成立したものであつて売買契約が成立したものではないとの部分は、その融資契約なるものの内容について被告人の説明するところによれば、広島和正は、自己の責任において銀行から借り入れた三、〇〇〇万円を、被告人に対し弁済の期限も特に定めることなく、三の滝山林の立木見積価格のうち極めて一部しか占めない広葉樹の一般用材等の売却利益の半分を利息に充てるものとして受け取ることで満足し、同山林の立木の見積価格の大部分を占める天杉の収受、販売は被告人に任せ、かつこれによる利益は被告人のものとするというものであつたということになるのであるが、被告人主張のような利益を広島が被告人に対し与えなければならない事情、理由について被告人の説明は不合理で納得し難く、関係各証拠を検討しても右のように特殊な契約を広島が受諾しなければならない事情は認められず、また被告人と広島との間には三の滝山林の立木の売買契約書が取り交わされているところ、被告人の説明するような融資契約が締結されたとするならば何故にその趣旨の契約が締結された旨の書面が作成されず売買契約書が取り交わされたのかについて、被告人は、笹原製材所はかねて中越パルプ工業株式会社(以下中越パルプという。)からその払下げ代金などの融資を受けていたところ、広島和正(元中越パルプの社員であつて、被告人とは一〇数年来、広葉樹のパルプ材の取引をしていたもので、昭和五二年八月同社を退職し、広和林業を設立したものである。)は中越パルプ以上の好取引条件で笹原製材所に資金を援助するから広和林業と取引をするように申し出で、資金援助の方法については被告人が従前中越パルプとの取引で行なわれた方法すなわち立倒木売買契約書による資金援助の方法が踏襲され、本件三の滝山林の払下げ代金の資金援助についてもその方法が援用されたに過ぎないと説明するが、被告人は中越パルプとの取引については、中越パルプが立倒木を買い受け、その後被告人が立倒木を買い戻す場合があつたことを認めているのであり、さらに関係各証拠をも併せて見れば、被告人が中越パルプ又は広和林業から融資を受け得る金額は限度額を二〇〇万円と定められていたことが認められるから、右限度額をはるかに越える金額の約束手形を交付し、振込送金をする原判示第二、第三の取引について従前の売買契約を踏襲したに過ぎないとは容易に認め難いから、被告人と広島和正との間で合計三、五六〇万円の融資契約が成立した旨の前記供述部分は到底信用することができず、被告人の当審公判における供述中、広島は三の滝山林から伐採した杉丸太を原価で引き渡すと被告人に約束したものであり、広島が右の約束どおり三の滝山林に生立していた杉立木を全部伐採し、これを被告人に引き渡したならば、被告人は巨額の利益を得て、広島に対し融資を受けた金員を容易に返済し得たはずであるのに、広島は被告人との右約束を破り、被告人に巨大な損害を与え、その事実を隠すため偽証をしたり虚偽の書証を作成して警察に提出したと述べる部分は、融資契約であるとの被告人の主張が認められない以上、ただ被告人の一方的な主張に基づく希望的観測を述べ、これに沿わない広島和正証言を論難するに過ぎないものというべきであつて、到底信用することができない。論旨は理由がない。

法令の解釈適用の誤りについて

所論は、三の滝山林の立木について売買契約が成立したとしても、売買名下による詐欺罪の成立には、売買代金が客観的に評価される経済的値段よりも不相当に高過ぎて、売り主の説明を信じて代価を支払つた買い主の経済的利益を不当に害することを要件とするところ、本件においてはその要件を欠くから詐欺罪は成立しないのに、本件につき詐欺罪の成立を認めた原判決には法令の解釈適用に誤りがあり、その誤りが判決に影響を及ぼすことは明らかである、というものである。

そこで訴訟記録および原裁判所で取り調べた証拠を調査検討すると、被告人と広島和正との間で締結された三の滝山林の立木の売買契約は、笹原製材所が山崎林産工業株式会社および株式会社阿部林業と共同で古口営林署から払下げを受ける予定の三の滝山林の杉立木等を払下げ価額と同額の代金で広和林業へ売り渡すこととし、笹原製材所が杉の買手を探してこれを売却し、その余の立木を広和林業が売却することとし、これによつて得た利益は両社で折半する約束で、締結されたものであること、しかるところ被告人は、古口営林署長と笹原製材所外二社との間の売買契約書を改ざんのうえ、これを複写して、広島和正に示し、あるいは電話で実際の払下げ代金以上の金額で払下げを受けた旨虚構の事実を申し向け、広島和正をして払下げ価額合計が真実は一、一九五万円であるのに三、五五五万円であると誤信させ、前記各売買契約に基づく代金に将来払下げを受けるであろう支障木の払下げ代金に充当するものとして、五万円を上乗せして支払うことを決意させ、その結果額面合計五〇〇万円の約束手形二通の交付を受け、更に合計三、〇六〇万円の振込送金を受けたものであることが認められ、右事実によれば被告人の前記払下げ価額を偽わる行為は、詐欺罪の構成要件中の欺罔行為に当たり、広島和正は被告人の右欺罔行為により払下げ価額が合計三、五五五万円であると誤信し、その結果三、五六〇万円に及ぶ金員等を被告人に交付するという処分行為をしたのであるから、被告人の欺罔行為と広島の錯誤および処分行為との間には因果関係があることが認められるうえ、広島和正の右処分行為は、前述のように三の滝山林の払下げ代金に充当される金員を被告人に準備させることを目的としてなされたものであるから、被告人において広島に対し真実の払下げ価額を告知したならば、同人は、三の滝山林の価値が三、五六〇万円以上であるとの説明を被告人から受けたとしても、一、一九五万円を大巾に越える金員等を交付するという処分行為に及ぶ理由はないから、広島は右処分行為によりその財産処分の自由を不当に侵害され、損害を蒙つたということができ、広島が本件売買契約によつて三の滝山林の立木の所有権を得たことをもつて、広島が損害を蒙つていないとすることはできない。そうすると、広島は、三、五六〇万円の金員等を被告人に交付するという処分行為をすることによつて、同額の損害を蒙つたというべきである。なお所論は、三の滝山林の立木の価額が二億円を上回るものであるとして、広島は損害を蒙つていないと種々主張するが、右山林価額算定の根拠は被告人の希望的観測に由来するに過ぎず、広島は、本件取引により利益を得ていないことが明らかであるばかりでなく、同人は被告人の身勝手な主張に振り回され、本件取引により長期間にわたり損害補填のための奔走努力を強いられ、その努力の結果経済的損失を最小限に押さえることができたに過ぎず、右の事実は詐欺罪成立後の事情として考慮すべき事実であるというにとどまり、詐欺罪の成立を否定する理由とすることはできない。論旨は理由がない。

量刑不当の主張について

所論にかんがみ、訴訟記録および原裁判所で取り調べた証拠を調査し、当審における事実取調べの結果を併せ検討すると、本件は、被告人において有印公文書を変造して、これを行使し、三、五六〇万円に及ぶ金員等を騙取したという事案であつて、その手段、方法は巧妙、悪質、計画的であり、右犯行後の被告人の態度は単に自己の犯跡を隠すというにとどまらず、かえつて広島和正において横領行為に及んだと告訴するなど厚顔無恥な行為に及んだもので、その犯情はまことに悪質というほかなく、その刑責は厳しく追及されてしかるべきであり、幸い広島和正においてその損害を最小限に食い止めることができた点を考慮しても、被告人に対し懲役二年の実刑を科した原判決の量刑はやむを得ないものとしてこれを首肯することができ、その量刑が重過ぎて不当であるとは認められない。論旨は理由がない。

よつて刑事訴訟法三九六条により本件控訴を棄却することとし、主文のとおり判決する。

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